「ぼくらの船と港」創刊しました。
勢いで創刊してしまって、中身が何にもない状態(ホントに、ビックリするくらい)で、みんなに「中身はどこ?」と聞かれてしまったので、ここにどうしてこれを作ったかを書き留めておきます。
中のチラシに、2枚の写真と「to the port / return to us」というコピーを書きました。
「港に行って、ぼくらに返してもらう」という意味です。
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浜辺はともかく、都市の港湾エリアには、ふつうの人たちが気軽に活動できる場所はあまりありません。
水族館、遊園地、美術館、ショッピングモール、海浜公園などはありますが、どれも大資本の商業施設か行政主導で整備された場所で、個人が活用できる空間は限られています。
ぼくは神戸で生まれ育ちました。
神戸は「海と山に囲まれた町」とよく表現されます。
山はいろいろな活動が行われており、我々に開かれているのですが、海は生活の中で身近に感じることは実はあまりありません。
もちろん須磨〜明石にかけては海を身近に感じる素晴らしい場所ですが、
須磨から東神戸、さらに大阪・堺に至るまでの工業・商業エリアで暮らしている人々にとっては、海の近くで生活しているという感覚は少ないと思います。
海は、ぼくらの生活圏のすぐ側にあるはずなのに、工場や退屈な商業施設が防波堤のように立ちはだかり、ぼくらと海の行き来を遮断しています。
メリケンパークなどで開催されるイベントにしても、正直なところ、行って心底満足したというイベントはほとんどないように思います。
様々な理由はあるでしょうが、最も大きい理由のはこの場所が埋立地であるということだと思います。
面白いイベントや場所の裏には、必ず「地元」が存在します。
地元の人々の土地への愛着心や盛り上げていこうとする気概が、イベントの継続や新しいアイデアが生み出す原動力となります。
メリケンパークでのイベントは「地元」が不在で、イベント毎に寄せ集まった参加者やスポンサーが開催しているため、どのイベントもどこか単発的で表面的な印象があります。
そんなことを考えながら、人気のないメリケンパークでだらだらとビールを飲んでおりました。
こんな調子で漠然と「海と近くない神戸」にもやもや過ごしている中、ある町に出会いました。
そこは、町中に運河が流れ、休日にはハイネケンと若者を山積みにした小舟や白い風船をたくさん浮かべて結婚式場へ向かう小舟が行き交い、運河の両脇には天井で草花が生い茂り洗濯物がはためくハウスボートが立ち並ぶ「アムステルダム」です。
ハイネケンと若者たち
お祝い事の船
運河や海と人々の近さ、そして、人々の水辺の使いこなし方に感動しました。
大小さまざま個性的な「船」が、水上の空間と人々をくっつけ、生活空間に作り変えていました。
家である船に帰るための船
「海と山の町・神戸」で育ったぼくは、勝手に悔しさを感じながら興奮状態のまま朝から晩までアムステルダムの町を歩き続けました。
そして、日本でもこれがやりたいと思いました。
これが「ぼくらの船と港」の出発点です。
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その後、自分のハウスボートをつくろうとウロウロしている内に、工場や退屈な商業施設のすき間を縫うような、都市の海を遊び場にした空間があることを知りました。
大阪・大正区 尻無川沿いの風景
●大阪・大正区の水上バー「sunset2117」(紹介元記事:chart table)
●大阪・中之島を中心に運行する水上タクシー「御舟かもめ」(HP)
●アートや建築を通じ新しい水上体験を企画する「Boat People Association」(HP)
●「水辺不動産」(HP)
など、従来の水辺空間とは違う、店の名前を聞くとその人の顔が即座に浮かぶような、より個人的で地元感のある空間や活動が、都市のど真ん中に、でもこっそりと存在しているのです。
疾走する御舟かもめ
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「ぼくらの船と港」の目的は、このような小規模で地元感のある水辺空間を収集、利用促進し、また新しい活動をつくり出すことで、「ぼくらの」と言えるような愛着ある水辺空間を手に入れることです。
メディアの形式、発信頻度などは未定ですが、この目的が達成するまでぼちぼちと続けていければと思います。
よろしくお願いします。


